(18) 2026年5月〜2023年5月/ 庭を想う

14時6分 すごい形相で2階から夫が降りてきて、練ってあった漆喰の入ったビニル袋を両手に抱え、呻きながら2階に戻って行く。夫のアトリエになる予定の小さな部屋の一面をさっきまで塗っていたから、仕上がったのだろうな、と思って見に行くと、漆喰がまだらになって下地塗り後のような状態。ええ?と思い夫を見やるとひと言、『ぜんぶ剥がした』。

え?

この壁の前に小さめの箇所を三面仕上げて、コツを掴んだと嬉しそうにしていた夫だったけれど、さっきは集中力が続かないとぼやいていた。私が来て横で生あくびを繰り返していたせいなのかもしれない。笑 前半はかなり綺麗に塗れていたのに、どうしてなのか、下地の塗料も剥がれてコテにくっついてきてしまう箇所がある。そこが上手く塗れないために修正をかけていると、綺麗に塗り終わったはずの箇所にまで影響が出て面がガタガタとしてくる。

剥がした後に塗り直して果たして・・・と書いたところでブログの文章は終わっていた。

今は2026年の5月で、この頃の記憶はまるで残っていない。文章を読み返して、そうだったけ?くらいのものだが、夫は何もかも鮮明に記憶していることだろう。今は涼しい顔で二階の仕事部屋で仕事をしているのだから、壁は無事出来上がったということなのだ。

今はしとしとと肌寒い雨が降っている。一昨日の夕方、学校帰りの子どもたちと打った杭が雨に濡れている。頭の中、平面図でしかなかった庭のイメージ画が、杭を打つことで立体になり立ち上がってくる瞬間は、ワクワクするし、こんな風に杭を眺めていると、妙に満たされる感覚がある。わが家の庭は夫のおかげでいつも生き物のように動き、変化し続ける。あっちの石がこっちへ移動しているのも日常茶飯。

私たち夫婦は幼い時に遡っても、庭らしい庭を持ったことがないし、引っ越しばかりして根を張る暮らしと無縁で生きてきた。でも住まう先々で隣家の庭や友人宅の庭先で、植栽と出逢い親しんできて、そのことから遡っていくと、幼いころの暮らしのなかにもやはり植物はずっと居たことに気づき愕然とする。

自分の、ではなかったマンションの共用部分の植物たちが、今は心のあたたかな場所に居てくれることを嬉しく思う。その思い出や新しい出逢いを紡ぐようにして、庭をつくっていくことは、この地に越してきて一番の楽しみなのだと思っている。

kaori

kaori

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です