この町に移住した理由①

なぜこの町に移住したの?と聞かれることがこれまでに度々かありました。私たちは今住んでいる町に一人の知り合いもいなかったし、なんの縁もゆかりもなかったから。○○町っていう町が長野にあるんだけどさ、ここに住んだら良いんじゃないかなあ。とオットが言い出した時、コノヒトハナニヲイッテルンダロウ???と思ったこと、よくよく覚えています。7〜8年前のことです。

でも、なぜこの町だったのか?大きな理由のひとつが、お互いの実家愛知と、埼玉の、中間に位置していたことです。日本地図を広げて、互いの実家の道路を辿るとちょうど真ん中あたり。ダーツの旅ですか?と突っ込みたくなるほどの単純さで、私たちの中に、この町の名前が刻まれました。もちろん移住を決意するまでには、この後いくつかの行程があるのですが、最初のきっかけは、それくらい単純なものだったのです。そして先日、お互いの実家を行き来する機会が到来しました。埼玉の実家にいるわたしの母を、愛知の実家の近くの病院まで連れて行く、というミッションが生まれたのです。

夫の実家は、モーニングの美味しい喫茶店。
子どもたちにいつも優しくしてくれるオーナーは、夫の弟さん。お店スタート時の改装も、オーナーと夫の2人で12年前に。

そんな遠くまで旅をしてまでその病院を目指したのは、膝の痛みがひどくなっていたわたしの母に「手術の名医でありながら、切らずに治す」で有名な先生の診察を受けてもらうため。その先生のいらっしゃる病院が、たまたま義実家の近くだったことも重なって、このミッションが発案されました。これまで夫の家族とわたしの家族とが会うのは結婚式などの大イベントだけで、お互いに深く交流があった訳ではありません。でも今回母を連れて行くことができて改めていろんなことが有り難かった。義実家の営む喫茶店にある素朴で暖かな空気感は、最初からあるものではなくて、夫のご家族が12年前にゼロから積み上げ、実現させたもの。この時の工事はオットが主導して行ったものだったことも、今振り返れば自宅をセルフビルドすることになる布石だったのかもしれません。移住して実家と実家の真ん中に住めて良かったな。そんなこともひとつ、腑に落ちた日でした。

冒頭の写真は、建設中現場の近くで、近所の方が焚き火(病気になってしまった稲を燃やしていたのだとか)をしていた夕暮れのもの。たまたま地図上で真ん中、だったこの町をはじめて実際に訪れたとき、身体中の力が抜けるような安心感に包まれたことを覚えています。そこから実際に移住し、今の土地に出逢うまで丸々2年もかかり、スムーズとはとても言えない道のりでした。でもその末に出逢えたこの場所は、空気が澄んでいて、晴天が多く、目を見張るような美しい景色でいつも私たちを驚かせてくれます。そしてその度にいつも、有り難さが湧き出てくるのです。

kaori

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