手仕事と森暮らしの交わる家

INTERVIEW06
手仕事と森暮らしの交わる家

INTERVIEW01
木の家とともに暮らしていく
INTERVIEW02
小さな家で、にぎやかな
独り暮らし
INTERVIEW03
家族とともに育む家
INTERVIEW04
ミツバチとネコと過ごす、
満ち足りた日々
INTERVIEW05
夢と理想を現実に
INTERVIEW06
手仕事と森暮らしの交わる家
手仕事と森暮らしの交わる家
手仕事と森暮らしの交わる家
東京から八ヶ岳に移住されたTさんは、ご自宅をアトリエに、衣服をつくるお仕事をされています。軒の深い一軒家があるのは、周囲に民家が点在するエリアであることを感じさせない、森の中のような敷地。日がな1日制作する音だけが響いているような静けさと、たくさんの布に囲まれて、時に木々を整理したり棚を作ったりデッキを磨いたり。 じっくりと腰を据え、くるくると働きながら暮らすTさんを訪ねました。
人工物が見えないところに住みたい
近くに家がないわけではないのに、森しか見えない絶妙な立地と佇まい。素敵なお家ですね。移住されたきっかけはなんだったのでしょうか。
Tさん 東京にいて、どこかにずっと違和感があったんです。初めて違和感がないところに出会ったのが、この場所でした。「人工物が見えないところに住みたい」と、昔から呪文のように言っていたので、心の底から願っていることは叶うように感じます。ここにも人工物はあって、冬に葉が落ちれば見えたりもする。でも見えないような窓の配置にしています。
Tさんは行動力がすごいですよね。
Tさん 休みの度にこちらに来て、物件を見ていましたね。でも結局ピンとこなくて疲れ果てて。何度も案内してもらっているのに契約できず、不動産屋さんにも申し訳なくて……。それがある朝、インターネットで見て「あれ? これはもしかしたら」と思ったのがこの土地でした。伐採していないそのままの状態でしたが、気になって「今から行きます!」と連絡して。いつもは娘や息子に「どう思う?」と聞くのに、なぜか「ここは大丈夫」という気がして……。その日のうちに契約しました。
え!!すごいですね、その日のうちに。
Tさん ご縁ですよね。「ここだよー」と。おさまるところにおさまるというのはあるんでしょうね。そこで違和感があればやめればいいと。何かで違和感があると後々何かある。直感的な判断基準として、「違和感がない」ことは、どうにかなると思っています。
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Tさんがご自身で決めることができたということが、大切なのでしょうね。それにしても、自然の中での暮らし、実際には大変なことも多いと思うのですが、いかがですか?
Tさん 今も、ちょっと休憩、と思うと外が気になって、気づくと手袋してあっという間に2、3時間。手袋は真っ黒。「素敵な窓辺ね。」なんて言ってはいられない。
そうなりますよね(笑)。Tさんは元々こういう暮らしがお好きだったのですか?
Tさん 土は好きでしたね、昔から。ずっとアパレルの仕事をしてきたのですが、18歳で東京の恵比寿の学校に通い始めて、卒業して働いていたのが表参道でした。でもアーバンスタイルのガラス張りの建物などは息がつまるような気がして。本質的に、自分は都市に合っていないと、わかっていたのだと思います。
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都市からこちらに移住されて、何か変わりましたか?
Tさん ここに住むと、太陽や空をただ見ている時間が長くなりますよね。東京にいると、太陽は出ていても、ほとんどは建物の中にいて空も見ていない。こちらの暮らしは、自分じゃないもの、抗えないものたちが勝手に流れている中に、ぽん、と置かれているような気がします。だから力を抜いた素のままの感覚が戻ってくるような、「人間がなんとかできる」という考えがどんどん減っていきますよね。
わかります。人間本来の感覚に添って、よりシンプルに生きられる気がします。
Tさん シンプルというより、わがままなんです(笑)。たとえば、お弁当で一番大好きな卵焼きを最後のお楽しみにとっておくより、一番最初に、腹ぺこのときに食べたほうが美味しいですよね。私は、本当に食べたいものを後にするより、食べたい順番に食べる生き方をしたいなと。そういう生き方をすると、「したい順にするなんて、生活費は大丈夫?」という気持ちにもなるけれど、本当に思いのあるものに真っ直ぐに向かってしまったほうが、結果としていい気がします。
なかなかその勇気がない、という方も多いと思うのですが。
Tさん ブレーキを踏む係のような人はいます。自分が不安に思っていると、そういう意見を拾いやすくなる。でも覚悟が決まると、「怖い」を振り払ってくれる人、自分より100倍くらいデタラメな人と出会えます。風の森の社長の土谷さんも、私の中では、思い込みを外したいなと思っているときに出会った、思い込みを外しっぱなしの存在です(笑)。
嵐に巻き込まれるように始まった家づくり
Tさんは、ある日突然現れましたよね。
Tさん そうですか? ちょうど、私が風の森さんを知ったときに、ホームページの更新が止まっていたんですよね。でもずっと見ていました、「セルフビルド支援」って書いてあったから。
セルフビルドにご興味が?
Tさん セルフビルドを支援します、と謳っている会社は確実に柔軟だと思ったんです。セルフビルドをしたい人たちは、自己表現したいというか、テンプレートにはまらない人たちが多いと思うんです。でも素人に家づくりを教えるのは、会社としてはきっと面倒くさいこと(笑)。「この会社は、注文者側に寄り添ってくれるゆとりがきっとある」と思いました。
セルフビルド支援は作りの裏側を丸出しにすることでもありますから、風の森ならではと思っています。
Tさん あの頃、建築会社にいくつか問い合わせをしていた時期でしたが、それぞれの建築会社の規格に元々入っている家の設備が、私にはいらないものでした。でもそれを含んだ価格しか提示されず、違和感を感じてました。建築会社が決めた家ではなくて、「箱」だけつくってくれる会社はないのかな、と探していたんです。よく言われる高断熱高気密というのも、私にとっては息がつまるような気がして、隙間風が入ってもいいから、もっと自然に建てたいと。
風の森の家に隙間風はないです(笑)。 気密や断熱は実はしっかり取っている。だけど壁が「自然に呼吸する家」をつくっているんですね。(詳しくはこちらのリンクからどうぞ⇨) 風の森との出会いはホームページですか?
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Tさん 最初はホームページですね。ホームページを見ていて、風の森さんなら私がどうしたいのかを叶えてくれる、と感じ始めていたとき、土地探しでお世話になって仲良くなった方が、紹介してくれたのが直接のきっかけです。「面白い社長さんがいてね。木が大好きな人なんだよ。一緒に会いにいこう」と。それが土谷さんでした。そんな不思議なタイミングで背中を押されるように土谷さんにお会いして、話をして、基礎工事が始まりました。
いきなり飛びますね。
Tさん 土谷さんと話していたら、話しながらちょっと奥に引っ込んでは何か計算をしてるんですよ。それで、「凍結がくる前に、今の時期なら基礎屋さんが空いている」と(笑)。それであっという間に基礎工事が始まって。普通は図面ができてから進むと思うじゃないですか? それがまだ図面が完成していない状態で始まったんです。土谷さんにいい意味でお尻を叩かれて……。
あの時はタイミングが合ったようですね。今は着工までお待ちいただくことが通例になってしまっていて……。
Tさん あのときは、「嵐がちょうど私の側を通過中」で。うまくそれに巻き込まれたのか、スピードが早かったです。あのとき「いや、もうちょっと考えてから……」と言って降りていたら、次の嵐がくるまで、また何年も経ってしまっていたと思いますね。工事請負契約は、その辺りでしました(笑)。事務所で「ハンコはこちら」ってうやうやしく進めるのだろうと思ったら、土谷さんが現場で簡易テーブルを広げて、柿渋染めのシーツをペロンとかけて「じゃ、ここで」って。 
え、現場でですか?
Tさん 「それで大丈夫?」と疑おうと思えばいくらでも疑えますが、人を信頼していかないと、生きてくのは何倍も疲れますよね。風の森さんとの家づくりは、私の中では「自分のこだわりや思い込みを取り払っていくゲーム」のようでした。人は自分が見聞きしてきたもので基準が勝手にできがちじゃないですか? でもいったんそれを全部リセットすれば、軽やかに家ができるかもしれない、と思いました。
材料のロスを出したくない
家を細長い長方形にされていることも特徴的ですが、どうしてそうされたのですか?
Tさん 材料のロスを出したくなくて。動線を考えると、奥行が本当はあと半間分はほしかったんです。だけど、奥行2間だと、建築資材の寸法と辻褄が合う気がして。
資材の寸法まで考えておられたんですね。
Tさん私の物のつくり方のベースは、布でもなんでも「いかにロスを出さないか」なんです。たとえば私が預かってくる布って、糸を紡ぐところから全部手作業なんですよ。職人たちはそこに執着はないんだけれど、次の工程の人間が粗い仕事をすると、職人たちのその手仕事を捨てていく部分が大きくなる。
勿体ないですよね。ケチというのとは違うと感じます。
Tさん木も、何年もかけて大きくなっているじゃないですか。効率を重視すれば大きい単位で扱っていかないと採算が合わない。でも自分が一人ですることだったら、なるべく材料のロスを出さずに最後まで使い切って面倒をみたい、という気持ちがいつもあります。だから、最初は奥行2.5間と考えたけれど、「なるべく無駄なものを持たないようにして工夫をしていけばなんとかなるかな」と思って、奥行2間に1間のデッキという簡素なものになりました。
それが結果として素敵ですよね。この家は、室内に間仕切りの壁もないですね。
Tさん「デザインをした」ようにならないように、何を取り払うかを考えてこうなりました。この形だと、こちらに緑が見えて、そこにも緑が見えて、家の中なのに内と外が曖昧じゃないですか?
室内と外とが近くて、繋がっているような感じがしますね。
手仕事と森暮らしの交わる家
Tさん 家を建てる時、存在が主張しない家にしたいと思っていました。建て終わって、大工さんたちが撤収した後に「あの家、10年くらい前からあったよね」というような家にしたいと。暮らし方で、突然、急に思考が変わることもあるかもしれないと思っていて、そうなったときに、住み手の暮らし方で、何にでも変わっていくような家にしたかった。
今日と明日で違う住み方ができる家。
Tさん そうですね。「一般的な家屋はこうだよね」というものはあると思うんです。でも「そうじゃなくてもいんじゃない?」と。「思い込み」を外すということでしょうか。それで多少不便になっても、その方が「好き」だったら、自分の「好き」を集めておけばいい。「あんなに狭くて寝る場所もなくて大丈夫?」と言われても、「いいのいいの」と(笑)。人が何を言おうと、いい。ビックリされることは多いです。食器はこれだけですし。
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食器がこれだけってすごいですよね。
Tさん こちらに来るときに、みんな処分してきました。お茶碗とお椀などが少しずつあれば足りる。人が来たとき用にというのは、もう、ね。昔は、そういうこともしていたけど、全部には手はかけられない。今は服づくりを手放さないでいこう。あとは庭と家づくりがしたい。メリハリをつけないと、全てが浅くなってしまう気がして。自分の中の空きスペースができたときに、それに使おうと思えたタイミングでいいと思っています。
全部に手がかけられないって、わかります。
手仕事と森暮らしの交わる家
Tさん 自分の生活の中で、家は道具の一つでしかない。土地を買う前は身軽で、「私、明日からやっぱりインドで暮らすわ」って言っても、平気ですよね。それが、登記簿や契約書があるだけで急にロックされたような窮屈さが生まれた……。
家が人生の真ん中でどーんと威張ることがないように、大きくし過ぎないように、ということは意識していました。
その考え方が、お家のサイズ感と作り方に出ていますよね。
Tさん 「ここをつくり付けの棚にして何を置こう」と、理想のイメージを綿密につくり込んで建築計画を完成する方もいらっしゃる。でも私にとっては窮屈なんです。うちはそういうのがなくて、全部丸見え。でも好きなものしか置いていないし、それを動かすことが毎日の遊びでもある。ピアノも家具も移動させて、部屋の用途でどんどん変えてみます。
確かに、前にお邪魔したときとは配置が違っています。
Tさん 暮らしの中の遊びが、私にとっては大切なんだと思います。お金のことも、人それぞれ考え方があるけれど、私はこの年齢で、「今からローンを組もう」とは、全く思わなくて。自分のお財布で買えるだけのものが良かった。若い人たちが夢をもって、コストもかけて理想通りにするのもいいと思うけれど、私がもしあり余る資金を持っていたとしても、同じような家を建てただろうと思います。
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そう思うのはなぜでしょう?
Tさん お金を使いたい先が「もの」ではなくなってくるのかもしれませんね。人間、時間を重ねていくとそうなるのかな……。
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材料に「偽物」を使わない
風の森建築で建てる家の「よさ」ってなんだと思いますか。
Tさん 私が共感したところは、偽物を入れたくないというところ。高級な材料を使うかどうかは好きに変えていいと思いますが、本物の、日本で昔から使われた材料でつくれば問題ないだろうと。
材料は、追求すればいくらでも追求できますよね。価格の面での葛藤と常に向き合っていますが、躯体から下地までみな日本の木で、無垢のままです。
Tさん 今は傷がつくと「劣化した」と思う人が多いかもしれない。でも暮らしていれば傷なんてつきますよね。それが味になって人間ができあがるのと同じだと思っています。今、築1年で床もボコボコしてきましたが、それも気にならない。傷が味になっていく本物で、偽物を使わないところがいい。余計なデザインをしたり、時代の流れを取り入れてキャッチーにしたり、そういう部分に力を注がないところがかえって魅力です。
ありがとうございます。
Tさん でも、建築のプロフェッショナルだからこそ、「家とはこうなんだ」という部分がガチッとあるでしょう?プロフェッショナルにとってクオリティを下げる部分になろうとも、注文者にとって重要度が高い点を、受け入れてもらえるかどうかも大事でした。
やりすぎちゃうと欠陥になり得るけれど……。
でないと、10軒建ったら10軒が似た家になっちゃうから。少しリスクがあっても、遊び心を叶えてもらえるかどうか。うちの場合でいえば玄関。
風の森としては「寒くない?」って心配が(笑)。玄関に、囲いも何もなくて。腰壁ぐらいつけようかという話もありましたが……。
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Tさん 「公民館スタイル」で、靴箱が家の外なんですよね。それでデッキは日々水拭きしている。オープンだから靴に虫が入ったりするし、いいことばかりではないけれど、後で靴箱に扉を付けたり、なんとでもなるから。
最初からパーフェクトじゃなくていい
他に、これから建てられる方へのアドバイスなどあったらお聞かせください。
Tさん 住んでみてわかること、やってみてわかることがあると思います。 試しながらやるしかないから、失敗があっても仕方がない。でも、新築の家だと、棚をつけたいと思っても外壁に穴を開けるのは勇気がいりませんか?やっぱりそんな気持ちになってしまったとき、風の森さんの棟梁が笑顔で、「家に対してビス穴2個でしょ。それが何?」と……。
大胆発言ですね(笑)。
Tさん 家って大事大事になりがちで、道具として使う感覚を窮屈にしていたなと気づけて、棟梁のそういう大きさに感謝しているんです。家を使いやすくする言葉掛けがね。「思い込み」と、今日何度も出てくるけれど、建築だけじゃなくて、人間が生きていくのにも、邪魔なものなのかなと思っています。軽ーく、その日その瞬間に思ったことにすぐ反応できるように身のまわりをつくっていく、ということに、今一番興味があるかもしれません。
その日その瞬間にひらめいたことを形にできると、幸福感が増す感じがします。
Tさん セルフビルドでも注文住宅でも同じだと思うんだけど、後から追加工事っていくらでもできるじゃないですか。 だから「最初から完璧なもの」と考えなければ、価格の部分でハードルが下がるんじゃないかな。たとえば東京を出て移住するというとき、仕事や環境の変化だけでも大きいのに、それに加えてローンもだと負担感が出てしまう。そこを小さくするだけでも違うかな、と。だから最初は最小限で建てて、第一工事、第二工事……とあればハードルが下がりますよね。
代表の土谷もよく言ってます。「小さく作って、大きく育てる」。特にうちでやるような木造軸組って増築しやすいんですよ。あとは以前、家を建てる前に小屋に一度住んでみるといいという話をよく聞きました。「人間、これで住めるね」って。
Tさん 東京の便利なライフスタイルに慣れていると、荒治療だけれど、まずは小屋に住んでみると、必要最低限がわかるし、移住の準備期間にもなりそうですね。
都心の暮らしをそのまま持ってくるのではなく、土地にあった新しい暮らし方を見つけることが大切なのかもしれないですね。
暮らしを回していく
手仕事と森暮らしの交わる家
Tさんこちらに来ると、暮らし方は変わりますよね。明るい昼間はその時間にできる仕事をして、夜は必要な照明だけつけて暮らすようになりました。 都市部にいると、報酬を得ることだけが仕事だと思いがちだけど、ここにいるとあらゆることが仕事です。直接報酬になること以外でも、人に託さず自分で動くことで、達成感を感じられて、必要な報酬のボリュームを小さくできる。本業を削っても、自分が報酬以外の仕事をしていくと、不思議と巡ってしまう。暮らしが回っていくんですよね。
自分を日常で満たす、暮らしで満たすっていうのが必要なんでしょうか。移住した皆さんは動くエネルギーがすごいです。
Tさん 遊びになるのかな? 楽しいんですよね(笑)。「have to」じゃないすることがいっぱいあって面白い。
生き生きと暮らされている方が多いですよね。
Tさん 今、都市部ではなくなってしまったそういう能力が、こちらの暮らしにはちゃんとあるのがいいのだと思います。「足りない」をやってみる豊かさ、というのか。こっちに来て気がついたことなのだけれど、東京にいたときと明るさの感知能力が変わった気がしますね。
感知能力ですか?
Tさん こちらでは、満月で本が読めるじゃないですか。満月の日って影が濃くて、本当に明るい。逆に新月だと森が全く見えなくて。できるときにできることをして、あとは寝ちゃえばいいか、って思うようになりましたね。東京から来た人は、うちを暗いって言うんですよ。東京だと夜も照明が明るくて、ムードを出すために照明を落とすっていう感覚ですよね。でもここの暮らしって、自分の必要なところだけスポットを当てて、あとは暗いまま。そういうアナログ、レトロな暮らしを楽しむ発想でいると、建築コストもずいぶん変わるのかなと思います。
建物の中をいかに快適にするかということが家づくりだと思いがちだけれど、本来はその周辺の環境も含めての家であり、暮らしなんですよね。こちらの暮らしは、家の外にもスペースがありますよね。
Tさん スペースって空間的にも、時間的にも大切なものですよね。人って、忙し過ぎてその人の中に「空いているスペース」がないと、いいところじゃないところが顔を出すじゃないですか。
手仕事と森暮らしの交わる家
「いいよー」っていう「余地」があるって、とても大事なことだと思います。だから、100できても、70にしておいて、30はとっておけるような生き方がしたい。仕事の展示会が近いからって、ずっと120で走り抜けてはいられない。その間に面白いことを取り落としていきそうで、それは嫌なんです。なるべく拾って、生きていきたいですね。
「スペースをとっておく」ってできそうで、できないことですよね。空けておく勇気がなくて。
Tさん 時代はずいぶん変わってきているとは思うけれど、それでも「頑張って成果を得る」ような価値観は根強いですよね。でも私は、頑張って苦手なことをするのではなくて、好きなことをすればいいと思っています。生きることって、限られている。そう思うと、そのとき一番大事なことからしたほうがいい。「いつか」や「これが終わったら」ではなく「今の瞬間」を積み重ねることが生きること。こちらに引っ越してから、そのことをより一層感じるようになりました。
変えても変えても残るもの
家づくりで一番大事なことって何だと思われますか?
Tさん 自分ではっきり気がついてなくても、「私は○○をしたい」っていうブレないものは、残るものだと思います。 それを最後まで保てることが大事なんだと思っています。いろんな人から意見をもらって、それを素直に「なるほど」って聴きながら、それでも全然変わらない「自分の中に残っちゃうもの」がその人の一番叶えたいもの。変えても変えても残る「変えられない部分」。それをなくさずに、迷ったときに大事に持っているとブレていかない。 予算がギリギリになったときに、何をあきらめて、何をするか。自分が頑固に守りたいもの、それがちゃんと残っているように家をつくるのが大事だなって。
手仕事と森暮らしの交わる家
どんなお客様にも、そういった選択の場面って出てきますよね。
Tさん 育児をしていた頃、工夫をしないと回らない時期もありました。今あるもの、今できることで良いものを作る、という話をすると、その頃のことを思い出します。「今日これしかない食材で何つくろう……」と思う時に、こどもが喜ぶスペシャルレシピが生まれたり。補おうと思うと、アイデアや丁寧さが足されて、新しいものができるのかな……。材料が揃っていて当たり前だと、気づきそびれることもある。自分にはできないと思い込んでせずにいることも、動いてみると意外にできちゃいます。
今回Tさんは、壁の漆喰塗りをご自身でされましたよね。
Tさん 完成度よりも、応援に来てくれた人たちといっぱい笑った、あたたかな記憶が残っています。注文住宅ですが、セルフビルドのおまけがついていて良かった。
コミュニケーションが本当に大事
家づくりの中で印象深いエピソードはありますか?
Tさん 建築中に焦燥感が湧くこともあったんです。自分の建築に対する知識が足りず、「こうしたい」という思いが伝わらなかったり。そんな不安を伝えたいと思って、風の森さんに話しに行ったこともありました。そのとき、「コミュニケーションですよね」って言ってくれて。
家づくりは、コミュニケーションが本当に大事です。人によって「常識」や「普通」は違うから、相手に伝えたことが、そのまま伝わるとは限らない。思っていることを丁寧に擦り合わせることは大切だと思います。
Tさん 言葉は、表現の方法として、とても難しい。見聞きしてきたものの違いで、同じ言葉でさえ意味が違ってしまうことも……。
その前提を持っていることは大切かもしれないですね。私たちは設計事務所ではなく、設計と施工が一体になっている工務店。細かな変更すべてに対応はできないけれど、柔軟性は高い会社だと思っています。会って話せるといいですよね!
Tさん工務店は、建築のプロ集団。そして家づくりを頼むのは素人です。だから、頼むからには建築を全く勉強しないでは頼めない。
勉強しすぎても疲れちゃうと思うのですが、在来工法のメリット・デメリットを、建てる前に相互理解できるといいですよね。建築会社にいると、何がわからないのかがわからなくなってしまうことも(笑)。素人目線も大事です。私も、風の森と一般的な工務店のつくりの違いがようやく最近わかってきて。
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Tさん どこが大きな違いになるんですか?
住宅業界全体で見ると、カンナやノミを使う大工は減っています。「筋交(すじかい)を入れるなんて、面倒」と言う大工さんも少なくない。でも風の森は、手間をかけても合板を使わない家作りに挑戦してきました。こだわりをあまり言わないところも、風の森のいいところなのですが。
Tさん いいところはもっと言えばいいと思う。聞くと安心するから。
風の森という会社は、ただ物としての家をつくっているのではなくて、家づくりを通して、心がより軽やかに、生きやすくなることを願って仕事をしています。風の森でずっと重要視してきた壁の透湿性能は、世間的な認知が今まであまり高くなかったんです。(⇨詳しくはこちらのリンクからどうぞ)でも、香害などの問題が起こるようになって、徐々に関心が高まっている。風の森の家で暮らす方達が、自分らしく暮らしてくださることで、自然と呼吸する家の良さが広がっていったらいいなと思っています。
手仕事と森暮らしの交わる家
インタビュー当時、この家や庭で、ご自身で制作されている衣服の展示会、ミシンを使ったワークショップなどを開催していきたいと語ってくださったTさん。そこから数年の間に、ご自身では「遊び」と宣言される草木染めやカゴ編み、廃材を利用した手仕事が育まれ、同時に展示会が何度も行われてきました。暮らしの中にスペースを敢えて残し、地域の人や遠方の人たちとコミュニケーションを育み、本気で取り組む遊びと仕事。それらがボーダーレスに重なり合い、ますます広がりを見せているTさんの創作活動が、これからも楽しみでなりません。
INTERVIEW01
木の家とともに暮らしていく
INTERVIEW02
小さな家で、にぎやかな
独り暮らし
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