セルフビルドのすすめ/お金のはなし①

8年以上前に夫が描いた絵を引っ張り出してきました。
長野県に移住を決めるずっと前、
結婚後住み慣れてきた京都を離れ
埼玉県の所沢市に移って1〜2年程経った頃のイラストです。

夢の家のイラスト
長女が一歳未満の頃、夫が描いた「夢の家」イラスト。
この頃は「森の中」に住みたいと思っていた。

長野県に住むことは自分達にとって良いアイデアなのではないか?
(高校生の頃
スキー旅のバスの車窓から雪を冠る山々を見たとき
ここに住みたいと思ったのだそう)
という話を夫はこの頃からしていたのですが、
それが現実になるとは
当時の自分には一欠片だって想像しきれていないことでした。
冗談半分、本気半分の夫が描いた
「こんな家に住めたらいいな」というイラスト。
ドングリのなる木は少し離れたところにですが生えているし
一階につくる予定のウッドデッキは星見台になることでしょう。
夫は自宅でイラストの仕事をしているのですが
そのためのアトリエの位置や玄関の位置、ポーチのイメージの他、
木で作られていて窓の多い小さくて簡素な家、という点では
今現在このイラストからそう遠くない家づくりをしていると言えます。

私たち夫婦は出逢ってから22年、
結婚をしてから14年の月日を共にしていますが、
いつも古くて小さな家ばかりを好んで選び、住んできました。
賃貸物件を探す条件はいつも「窓の外の見晴らしがいい、または緑が見えている」こと。
そして「古びていても小さくても整然としている家」
というものにいつも無性に惹かれ続けてきました。


夫はフリーランスでイラストの仕事をしています。
わたしは産前産後、児童書の営業職で
育児をしながら働いていました。
が、体調を崩して離職。
今は主婦業中心の事務手伝いです。
仕事のツテやアテがあるわけでもないのに、
縁もゆかりもない長野県へ移住を決意できた背景には
移住直前にわたしが土地の遺産相続をしたことがあると思う。
「今現金が手元にある訳ではないけれど
本当に困った時には何とかなる。」という安心感というものは
事実計り知れないと知りました。
わたしがこれからの人生で
誰かに伝えたいことがあるのだとすれば
「資産というのは毛嫌いするようなものではなく、単に良いものだ」
というとてもシンプルな事実。
そして今は資産を持ったり作ったりしようと、
希望を持って動けば叶う時代なんじゃないか?
そういう知恵や工夫は、気の置けない仲間同士で
共有していけることなのではないか?
私はそのことを、
これから旗を上げて掲げていきたいとこっそり目論みを持っています。
こんな風に、本音で思っていることを言えるようになっただけでも
わたしには大きな変化。
セルフビルドで家を建てるということがこんなにも
こんなにも面白いことなのかと思わずにいられない日々。
だからこそ楽しんで、#お金のはなし もこれから少しずつ書いていきたい。

羽毛布団のような断熱材を、二層にして天井に詰めている最中。

3週間前から工事が内壁下地や天井下地作り、断熱材入れなどの
室内の作業に変わってきています。
このことが精神的にも大きな影響を与えていることを感じます。
セルフビルドで家を建てるということは、
単に家を持つ、購入する、という話にとどまらない何かがある。
「自分にとって最高の家をつくる」という夢に向かってひた走る道のりで、
道のりそのものが面白い。
家を建てたかったというのもあるけれど、
本当の願いは自分達の庭をつくること。
そんなことを言うと園芸が趣味なのかと思われるかもしれないけれど
それとも違う。
夫は植物好きでせっせと育てた植木鉢たちを慈しみ
京都、埼玉、長野と連れ添ってきているが、
それらが伸び伸びと育つ地面に恵まれたことはなかった。
私たちはただ、家のまわりの環境と
地続きで繋がりを感じられる空間に憧れたし、
家を拠点に、その環境に染み出していくような
溶け込んでいくような暮らし方を望んでいた。
最初は森の中に住みたいと思い
でも土地を探していく中で
自分達の本当の望みはそれではないと気づいていった。
周辺に子どもたちや子育て世代の家族が住む
のどかな集落にたどり着いた。
自分達の考え方が一般的だとは思わない。
でも同じことに共感してくださる方が
この広い世界にはかならずいると思うから
その人たちに届いたらいいと願って
わたしはブログを書く。

kaori

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